どうしても許せない相手

あなたには、どうしても許せない相手がいますか?
私はいまだに、小学校の高学年のときの担任が憎いです。
教師をほかの職業より偉いと思っている節があり、自分のこというとき先生がとしか言わない最低の男でした。
男の言動や態度が許せなかった私は、ボイコットという形で抗議の意志を示しました。
けれど、私の気持ちは無視され、やらせるの一点張りの対応で私はそいつのせいで学校に行かないことにしたのに、相手に悪いという意識はないようでした。
むしろ、学校にきていない事実のみを問題視し、私に非があるような言動をしたので、怒りはますます強いものとなりました。
具体的なエピソードは割愛しますが、憎しみをいつまでも抱え続けるのはしんどいものです。
許すのでも、妥協するわけでもない。
あなたのために怒りを手放してあげてほしいのです。
私自身、相手を許せるか聞かれたらやはり許せないし、一生憎しみは変わらないと思います。
けれど、相手は所詮は過去の住人です。
自分の現在や未来に介入できるわけではないし、何かをするときの足かせになるぐらいなら、相手を人生の舞台から退場させましょう。
高校時代の先生たち

大体、私に言わせれば、教師を子どもが選べないのが第一におかしいのです。
かつて通っていた柴島高校という総合学科では選択授業で、何名かは生徒が教師を選べるようになっていました。
人の腕をつかむ。自分の考えを押し付ける。
漫画をバカにする。みんながやるからやれと言う。
当時私はいじめられてもいたのですが、あるとき私のことをいじめていた乱暴な女子が、終わりの会の最中に計算ドリルをやって担任の男にビンタされました。
いじめていた相手ですが、そのときばかりは肩を持ちたくなりました。
体罰で問題視されて首にしてほしかったですが、そうはなりませんでした。
思い出して怒りに燃えることはこれだけ歳月が経った今そこまで多くはありませんが、言動や態度が許せないのです。
教師のくせに子どものことを見下してるし、そもそも新卒で学校の教育現場では実際の経験はゼロなのになんであんな偉そうにできるのか意味がわかりません。教師は偉いという勘違いをしているし、自分より年上の保護者からも先生と呼ばれて調子に乗っている向きがありました。過去の現実はどうやっても変えられません。
だけど、あなたはそこで立ち止まる必要はないのです。
人の歴史は過去、現在、未来でできあがっていきますが、あなたも私も現在も生きていてこだわってる過去以外にも楽しかったこと、うれしかったこともあって当時よりも確実に成長しているはずです。
つまらない相手の為に自分の魅力に磨きをかけるのをあきらめないでください。
小学校時代の担任のために新しい人間関係を阻害されたらもったいないと実感しています。
高校時代はいい先生が多かったです。
生徒の話を真剣に聞いてくれる先生ばかりで、印象深い台詞もおぼえています。
現国の岡本先生。
あるとき生徒がなんで、起立、礼をしないのかと聞いたら、「あなたのいう通り本当はたぶんやるものなんでしょうけど、起立、礼の一連の動作を教師への敬意をあらわすためのものとして勘違いしてるひとがいるので、そういう人のためにあえてやらないんです。
起立、礼をする本当の意味は持っている限りの知識を伝えますというこちら側と教師なのだから生徒に嘘を教えるなよという合意であり、約束なんです。」と言ってはったのを今でも鮮明におぼえています。
戦争のビデオを授業で見せられるのが嫌で高校を休んだことがありました。
その後、登校したとき自分の所属している中国文化研究会の顧問でもある英語科の千場先生が、私が忌引き以外で休んだ形跡がなかったから「学校は絶対休んだらあかんって意識で、自分の身の守り方を知らないのかと思って心配していたから今回休んだことでかえって安心した。」と言ってくださったことがあり、本当に私は柴島高校に来てよかったと痛感したものです。
数学の先生も自分のことをおっちゃんというユニークな先生や、担任の小川先生もとてもいい先生だったので、高校時代は楽しかったです。
過去と決別して新たな一歩を
中学も仲のいい女子生徒の声かけで、運動会の練習に参加したのを機に教室で過ごせるようになり、劇的な中学生時代を経て高校生になりました。
私はいじめや教師との不和などさまざまな事情で自殺する子どもさんの話を聞くたび嫌な気持ちになります。
学校なんか行きたくないなら、行かなければいいんです。
通う権利があるだけで、行かないといけない義務なんてどこにもないですし、学校がその子の人生にできることなんてたかが知れているのですから。
過去のトラウマで現在や未来の世界をせばめないでください。
私は当時幼い自分に語りかけます。
過去は今さら変えられないけれど、あなたの未来にはこんな素敵な出会いや出来事が待っているよ。
過去とは決別して新たな一歩を踏み出そうと。



