藤川球児『火の玉ストレート』をおすすめします!

藤川球児さんの功績について

藤川球児さんは阪神タイガースで主に中継ぎ、ストッパー(九回に登板して試合の最後を抑える人)として活躍して、2005年にはJFK(ジェフ・ウィリアムズ、藤川、久保田)の三人で七回以降を牛耳り、阪神の優勝に貢献したことでも有名な選手です。

成績は243セーブ(セーブは試合の最後を抑えたピッチャーに与えられるポイント)で、名球会(バッターは2000本安打、投手は200勝で仲間入りできる)に入れる250セーブにわずか7セーブ足りずに入れなかったぐらい活躍した投手です。

藤川の最大の武器はホップするかのような鋭いストレートで、打てなかった清原が「まるで火の玉のようだ」と言ったところから、火の玉ストレートと呼ばれ、ファンに愛される選手でした。

そんな藤川が自分の野球人生を振りかえってしたためたのが、今回紹介する『火の玉ストレート・プロフィショナルの覚悟』です。

『火の玉ストレート』の中身で一番惹かれたところ

この本では兄弟で甲子園に出た(お兄さんがキャッチャー)頃から、現役を辞める時までをしたためている著書なのですが、僕がこの本の中で一番興味を持った部分が、メジャーリーグに挑戦をして、たった3年で挫折をして日本へ帰って来た時の、なぜ上手くいかなかったのかを初告白している部分です。

藤川のメジャー挑戦失敗は、肘を痛めトミージョン手術を受けていたこともありますが、何より上手くいかなかった原因は、なんと投手コーチによる差別があったからなのです。

藤川が入ったカブスの投手コーチはいわゆる白人主義者で、アジア人の藤川をよく思っていなく「お前が嫌いだ」まで言われて、メジャーでなかなか投げさせてくれず、3A(日本でいう2軍的なモノ)に落とされていたというのです。

そんな環境に嫌気がさして、2年契約だったカブスを辞めてレンジャーズに移籍するのですが、そこでも前の投手コーチが妨害をして、今度はその投手コーチと同じ派閥だった(アメリカにも派閥があるのが興味深いところです)監督に冷遇をされ、肘は治って元気だったのに、故障者扱いを受けて、また3Aに落とされるという不運を味わっていたというのです。そんなアメリカ球界に嫌気がさして、3年でメジャー挑戦をあきらめたそうです。

この部分を読んで僕はショックでした。てっきり肘の調子が悪くて3年で日本球界に戻って来たのだろうと思っていたのですが、まさか人種差別を受けていたなんて、アメリカの人種差別の闇の深さを知った思いでした。

藤川は偉く、このことも現役中はメジャー挑戦失敗の言い訳なると思い、現役を辞めるまでファンに話してこなかったというところです。僕なら絶対に言い訳の理由としてすぐ言うと思いますが、そこは男、藤川の哲学を知るところです。

その他の良さについて

この『火の玉ストレート』には、高校3年の時、高2で甲子園に出れたことによる燃え尽き症候群になり、虚無感にかられ3週間野球を離れて、遊び呆けていたという、真面目な印象の藤川にとって意外な一面があるのだと知ったこと。

あとメジャーから帰って来た時、もう引退をしようと思っていたが、マスコミが藤川はもう140キロも投げなれないというイメージ先行の報道に腹が立って、見返したいという一心で、無報酬で生まれ故郷の高知のファイティングドックスに入り、150キロを投げて見返したという、男、藤川を感じさせるエピソードなども入っていて、とても面白い本です。

このように野球人生の裏側を知れる『火の玉ストレート』は、野球に興味がない人でも惹かれるエピソード満載の本なので、興味が湧かれましたら、ぜひ手に取っていただきたいなと思っています。
もちろん、虎ファンにとっては必読の本ですよ!

weitten by 就労継続支援B型事業所 ユアライフ新大阪