阪神 代打の神様の系統

代打の神様と呼ばれた最初の男は?

今回は阪神タイガースで代打の神様と呼ばれた男たちを紹介していきたいと思います。

阪神では代打で活躍した選手には代打の神様という称号が与えられます。
これは他球団には見られない阪神だけの伝統です。
普通、代打といえレギュラーを外された選手。
そんな選手でも熱狂的に応援する、阪神らしい伝統かもしれません。
今回はそんな代打の神様と呼ばれた男たちを紹介していきたいと思います。

最初に代打の神様と呼ばれた選手は、八木選手です。

1997年ごろから、代打で活躍をしていた八木に対して、当時の吉田監督が「代打の神様や」と称賛したのが始まりとい言われています。
当時の代打率が4割を超えていたいたというから驚きです。(プロ野球では打率3割を越えたら一流選手と呼ばれています)

そんな八木の活躍もあり、阪神で代打で活躍した選手には代打の神様という称号が与えられるようになりました。

代打の神様の系統

その次に代打の神様と呼ばれた男は、桧山選手です。

桧山も若手の台頭でレギュラーを外れて代打に甘んじた選手ですが、代打で活躍したこともあり、代打の神様と呼ばれるようになりました。

桧山で忘れられないのは、2013の引退試合となったクライマックスシリーズでの、ホームランです。
引退試合、最後の打席がホームランというのは、しびれるかつ感動的なシーンで、阪神ファンにとって忘れられない選手となっています。

その後、関本選手、狩野選手などが、代打で活躍して、代打の神様と呼ばれるようになり、現在は原口選手が代打の神様の伝統を受け継いでいます。

しかし、個人的には、代打でちょっといい場面で打ったら、すぐに代打の神様と呼ぶ風潮に少し違和感があるのですが、それは言わぬが仏かもしれません。

とにかくこれからも阪神の選手で代打で活躍すれば、代打の神様の称号がもらえるのは、間違いなさそうです。

元祖「代打の神様」は?

ここまで代打の神様の第一号は八木選手だと、言ってきました。
しかし、阪神の代打といえば、忘れてはならない選手がいます。
そう浪花の春団治、川藤選手です。

優勝した1985年に、実は代打としての成績は芳しくないのですが、バースに将棋を教えて日本文化になれさせたり、ベンチでヤジを飛ばし続け、チームを鼓舞させたりする姿に、阪神ファンは熱狂的に川藤を愛し、1986年の引退した年では、オールスターに出て、代打で長打を打ったのに足が遅くて2塁でアウトになるなど、珍プレーがまた愛される選手として、ファンの記憶に残っています。

そんな川藤はチームメイトからも今でも愛されており、阪神の選手会会長をしているぐらい、みんなに今でも愛されている男となっているので、川藤こそ元祖「代打の神様」と呼んでもいいのではないでしょうか。(ちなみに巨人の選手会解消は王さんで、互いのチームカラーが出ていて面白いなと、個人的に思っています)

そんな今まで取り上げてきた代打の神様たちですが、面白いのが全員、今でも野球解説者として大活躍をしているということです。
野球解説者って、実は毎年引退選手が出ることもあり、競争が厳しいと言われています。
そんな中、代打で活躍しただけの選手たちが、野球解説者として活躍できているのは、ひとえに代打の神様という称号が、阪神ファンに愛されている証拠なのではないでしょうか。

代打でも阪神ならば、引退後も野球解説者としての道がある。
これはやりがいがあるのではないでしょうか。
引退後のことも考え、打て原口!といった感じでしょうか。

とにかく阪神にとって代打の神様という称号は輝かしいモノなのです。

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