病気と向き合う

重症筋無力症

大学病院では、神経内科の先生が診察時に握力検査と瞼が半開きで眼球は左右非対称になっている私を診て、「これから幾つか検査が必要になります。」2週間ほど入院して下さいと指示をだして、入院手続きをして、病棟とベッドの空きが出ましたら連絡しますと手続きでいわれてその日は帰宅しました。

それから約2週間後に大学病院から電話があり部屋が空いたので〇月〇日△△時間に入院受付へ来てくださいと言われました。
その間、入院時に必要な物を揃えて大きめのバッグに入れ準備しました。家族の中で過去に入院したことは誰もいなくて、いつも付き添う母は病院の消毒薬の匂いが嫌いといい、いつも愚痴を言われていたのを覚えています。

大学病院で諸々の手続きが終わり、受付の方が外来へ行って診察券と今日入院すると伝えてくださいねと仰ったと思うのですが、当時は「外来」の言葉すら分からず「外来ってどこですか」と聞いていました。

外来に行くと、待合室の椅子で待っていてくださいといわれて待っていると、白衣を着たお姉さんが来て名前の確認をされ
荷物を持ってくれて病室まで母と一緒に行ったでした。

看護師長

病室に入ると6人部屋で窓際のベッドでした。当時は「今日から入院する〇〇です」って挨拶をして、病室に入り先に入っている患者、一人一人挨拶をして回りました。今では考えられないですよね。

それから看護師長が来て別室で、今までのことを聞き取りをするということで私と母は面談室で過去の病歴などをはなしていました。母が途中「こんな消毒臭いところにいたら気分が悪くなる」といい、サッサと帰って行きました。母の性格は分かっているので、帰ってしまうことには寂しさを感じることはなかったのですが、19歳で初めて家から離れて入院生活を送る。

これからどんな検査が待っているのかすら想像がつかなくて「不安が大きかった」です。看護師長は優しく、話を丁寧に聞いてくれ、入院中はよろしくお願いしますと言われて私は「早く家に帰りたい」と呟き泣いてしまいました。

30年以上前の病室って、今みたいに個人情報がどうとかなかった時代だったからか看護師もフレンドリーで、私が一人ぼっちにならないように、先に入院している患者に私を紹介してくれたり、細やかなケアをしてくださっていました。
ベッド周りのカーテンは処置するときか着替えるとき、寝る時くらいで起床時は加療中だけど起きて話せる人はカーテン全開にして、「おはようございます」の挨拶から1日がスタートしました。

検査の日々

毎日、いろんな検査が続きました。そんな日々が続き約2週間経過。初めに検査入院で2週間と聞いていたので退院できると期待していました。ところが、治療が必要で2週間で退院はできないことを聞かされショックを受けたのを覚えています。
先に入院していた方の話によると、検査入院ですぐ退院できる人もいれば、治療が必要なため長期入院をしている人もいることを知って、私はいつ退院できるのだろうと考えてばかりいました。

重症筋無力症で現在の治療方法は分かりませんが、私が19歳だったころは「胸腺の手術」を外科で行い後は投薬治療で神経内科へ戻りステロイド薬の治療が何ヶ月か続きました。結局、退院できたのは、入院してから約1年経っていました。

1年近くの入院って30年以上まえだから長期入院があったのでしょう。今なら長期というと3ヶ月くらいでしょうか。過去何度か手術で入院したことありますが子宮頸がんの手術ですら1週間の入院でした。医療の進歩の関係や保険診療の関係でしょうね。

こうして、私は重症筋無力症のほか諸々の病気と向き合いながら生活をしています。病気が全部なくなって普通に生活を送りたいと思っています。

written by 就労継続支援B型事業所 ユアライフ新大阪