チヌ(黒鯛)釣りに魅せられて

舞鶴支社宮津支部に転勤。

舞鶴支社の宮津支部に転勤になった。転勤を大阪支社長に「大予想外だけど舞鶴支社の宮津支部なんだけどいいかなあ?」と尋ねられて内心、「大阪に家も新築したばっかりなのにそんなこと聞くなよ、門真支部に転勤するから開拓しておけって言っていたじゃないか」と毒づいたが、仕方がない。「承知しました。参ります。」と引きうけた。舞鶴支社に挨拶の電話をした。S内務課長が電話に出られ、緊張する私に、「まあ、〇〇さん。舞鶴支社に来たらのんびりと釣りでもしましょうよ。」と声をかけられ、拍子抜けしてしまった。
宮津支部は職員数も少なく、のんびりしていた。当初は単身で赴任し、勤務時間外はする事も無いので、近くの波止場などで投げ釣りなどをしていた。駅前に安くて美味しいヤクザな飲み屋があるので毎晩のように飲んでいたら、通帳から私がどんどん引き出すから嫁が心配して大阪からやってきた。社宅内が釣り道具で一杯なのに仰天して、一緒に住むことになった。

チヌを釣る。

宮津の波止でもチヌが釣れるはずなのに、釣りかたが下手なのだろうさっぱり釣れない。S課長に相談して半島の渡船屋に磯渡ししてもらうことになった。午前3時に出航するハードな釣りである。船頭からチヌは臆病な魚だから懐中電灯で海面を照らしたり、煙草を吸ったり、物音をたてたりしないよう注意をされる。餌はオキアミかサナギ(蚕のマユをゆでで絹を取ったあとの蛾になる本体)。針は大きめ、ハリス(糸)も太目、棒ウキの先端に発光体をつけてポイントに投入する。マキ餌になるオキアミと土を海水で混ぜて団子にし、マキ餌投げの長いスプーンでポイントの潮上に投入する。
まずポイントを決めるのが第一なのだが、おおよその場所と深さを船頭が教えてくれる。
竿何本分、深さ何ヒロ(1ヒロは両手を広げたくらいの深さ)といった具合だが、実際の海底の様子は、自分で針先にオモリをつけて探ってみないとわからない。更に潮が流れるので仕掛けが流され斜めになるので、海底の深さすら刻々と潮の流れによって変化してしまうのだ。これを頭にいれて、まず撒き餌を投入する。次いで餌をつけた仕掛けをポイントに投げ入れる。チヌのいる深さと平面が合わさったポイントに撒き餌と同調するように
すればよい。これはなかなかむつかしい。真っ暗な磯で、撒き餌や仕掛けと格闘しているうちに、竿先に糸が絡んでしまい、そのまま仕掛けを投入しようとして竿先を折ってしまうこともよくあった。絡んだ仕掛けをブツブツ言いながらほどいていると、S課長によく笑われた。
たまにウキが沈んでアタリがあっても、すぐに合わせず慎重に魚が針を飲み込むのを待ってセーノで竿を立てて魚の口にひっかけてやる。期待に胸をときませてリールを巻いていくとガシラ(カサゴ)、ベラ、フグなど外道ばかりが釣れてくる。ガシラは美味しいので持ち帰るが、肝心のチヌは釣れてこない。じきに夜明けとなり船頭が迎えに来る。どうやった?と聞かれて結果を報告すると、それでは釣れない。ここをこうすると良いと言われるが、まずポイントの取り方、潮流の読み方など基礎が出来ていないと話にならないと思った。
それでもチヌ釣りは面白くて夢中になった。2人そろって岸壁や、波止場、磯渡しなど相当頑張った。ある取引先の新年会が終わった後などは、二人して名具の海岸の崖に連れだって行った。雪の積もった崖では、我々以外にも多くの「釣りバカ」が夢中になってチヌを狙って釣っていたのには我ながら呆れてしまった。しかも皆ボウズ(釣果無し)である。
ある日、宮津支部からすぐの海上保安庁の出張所の波止に行って海を覗いてみたら、一匹のチヌが悠然と泳いでいる。見える魚は釣れないと聞いていたが、社宅に釣り道具とサナギ餌を取りに行き急いで戻った。撒き餌にサナギ餌をパラパラと撒いて、刺し餌にサナギをつけて仕掛けを落としてやる。しばらくすると「グンッ!」とショックがあり「グン、グン、グン!」と仕掛けを引き込む。竿を慎重に立ててリールを巻いていくと、ついにチヌが姿を現した。準備してあった網にチヌを入れてやった。ものすごく興奮した。早速社宅に持ち帰り家族に見せてやった。このチヌを釣るまでにどれほど苦労したものか。お金や時間、労力。すべて報われた気がした。

チヌ磯釣りクラブ。

S内務課長は舞鶴のチヌ磯釣りクラブに入っており、私も誘われて行くようになった。会長のYさんの自宅に小型のボートがあり自動車で半島先まで牽引して行く。そこからすぐの小島のような磯にボートで渡る。普段温厚なY会長だが、ボートでの安全にはとても厳しく雑な乗り方をしたわたしは当初こっぴどく叱られた。とにかく重心を低くして乗らないと私だけでなく、小さなボートが転覆でもしたら悲惨な事故になるのである。以降、私はおっかなびっくりでも気を付けて乗降するようになった。
沖磯での釣りは、明るい日中でもありやりやすい。ワイワイしゃべりながらみんなでチヌを狙う。刺し餌がなくなり、岩にへばりついていた貝を刺し餌にしてポイントに投入してやったらアタリがあった。刺し餌が貝なのでチヌにきちんと針がかりするようワンクッションおいて、合わせてやる。上がってきたのは結構な大きさのチヌであった。

written by 就労継続支援B型事業所 ユアライフ新大阪